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日本歯科医学会について/ご挨拶

学会長ご挨拶 令和3年3月号

住友 雅人:写真画像

守破離


 鳥の声やコンコンと枝をつつく音が山林に響き渡る季節が訪れた。冬籠りから這い出た虫が目的なのか相手を求めるさえずりか、まるでコンサートホールだ。早朝の散歩道では、姿を求めてこられるバードウオッチャーにもよく出くわす。話し声をぴたーと止める瞬間となる。彼らの目には鳥の姿が見えるのだろうが、私たちには鳴き声だけが届く。そっと脇を通り抜けて深く呼吸する。春の空気が胸の奥に到達する。今年も季節は何事もないように巡ってきた。
 現在、私は慣れないテレワークが多くなる中、特に9月に開催される第24回日本歯科医学会学術大会の準備に力を注いでいる。昨年、全面オンラインで開催することに変更された。日本歯科医学会学術大会(従来は総会)としては初の試みである。私にとっても新しいことばかりで、苦戦はしているが物珍しさと大変さが大会準備の意気込みを一段と強くしている。この歯科界挙げての学術大会に多くの方々に参集いただき、それぞれの歯科医学・医療の現場で生かしていただきたい。さらに歯科界から社会に発信するオープンイノベーションの場を設けたり、若者を歯科の道に導く灯台企画を組みこんでいるので、それが歯科の未来に還元されることを願っている。あるイノベーションコンサルタントの話によれば「イノベーション(革新)は過去からの非連続性がポイントであるのでインプルーブメント(改善)というのを推奨する」とのことだが、私はイノベーションの日本語訳である技術の革新を目指すものだけでなく、さまざまなハード、ソフトの「新結合」「新融合」と理解し推進している。イノベーションは目的ではなく手段である。あくまでも壊すのでなく創生していくための手段である。
 話は大きく変わるが、テレワークのノウハウのほかに、実は最近、もう一つ学びの機会を得ている。茶道である。茶道はソーシャルディスタンスをとるのも難しく、マスク着用ではお茶も飲めず、数百年の伝統文化の中でも苦戦組と思われている。平常であれば本格的茶事も可能という茶室「風淡庵」で、先生一人生徒一人の、贅沢といえばよいが少々さみしい環境の中、あえて挑戦の茶道である。いや、ステイホームを余儀なくされている今だからこそはじめられたことかもしれない。これまで茶室で抹茶をいただく機会はあったが、生徒となって初めて、茶道にはさまざまな細かく厳しいルールがあることを知った。茶室の出入り、畳の歩き方、茶道具を置く位置など、この歳になると体で覚えることができず、かといって記憶にもとどまらず、毎回、同じことを練習してもちっとも上達しない。とりわけ帛紗さばきは何度やってもうまくいかず、順番通りにさばけたとしても体全体の形がなっていないと指摘を受ける。棗を運ぶ手にも優雅さが求められるが、指をそろえてつかむことの難しさを感じはするものの、自分の品のない手さばきには心底嘆いている。できの悪い生徒を持った先生の気持ちは察するに余りある。
 稽古の場では、点前だけでなく、さまざまな話題が取り上げられる。季節の話、歴史的な逸話、禅語、工芸、建築、作庭、料理など、茶道に関する本を読んでみたことはあったが、右から左だったことが今になって分かるありさまである。生徒となって初めてその深さを知ることになる。所作一つをとっても、流れるような動きがどういうものか頭では理解できるようになってきた。先日、茶道における多くのルールについて質問した。決まりに縛られすぎては自分の個性が出せずに形だけのものになってしまう、つまらないのでは?とのたまう、できの悪い生徒に対し、「守破離」という言葉を教えてもらった。まずは師匠から教わった基本を徹底的に「守」ることから始まる。そのうえで修業・鍛錬を積んだ者は、師匠はもちろん他流派などと自分とを照らし合わせて研究して既存を「破」ることができる。さらに鍛錬・修業を重ねれば、もう既存から「離」れて自由自在になれるとのこと。ところがそこで大切なのは「離」れてもなお基本を忘れないことだという。なんだ、私も歯科麻酔の臨床ではよく若手に示していたことではないか。しかし基本とは何だろう。その一つは感性ではないかと、自分の経験に照らして考える。一輪の花、静寂の中の音、茶碗の手触り、抹茶の香り、主客の心の交流。そこから何を想い、どこまでそれを追求するのか。今のところ私の茶道レベルは「守」にも入れていないが、ウン十年育ててきた感性をもって楽しみながら挑んでいきたいと励んでいる。
 はなしは一気に飛ぶが、例えば何らかの障壁に出会ってもそれなりにうまく運んでいることを不連続にする必要はない。革新的発想を駆使したり、他のものと結合させたり、癒合させたりしながらそれぞれの目的に向けて大きく、広く推進していくことである。それが、アウトカムがないもしくは絵にかいただけの革新であればその多くは破壊で終わる。破壊で終わっては何もない、離れつつ元をしっかり生かすまでが大事なんだ。静かに抹茶をすすりながら、頭の中は茶室を離れて随分と遠くまで吹っ飛んでいく私の稽古である。


令和 3年 3月 1日



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